『主に語られたことをする』

            聖書箇所 ヨハネの福音書2116節 メッセンジャー イザヤ木原真牧師

イエス様は復活した後、7人の弟子たちに現れました。この時、イエス様は御霊の体だったので、おそらく風貌が変わっていて、弟子たちにはイエス様だとわかりませんでした。弟子たちは漁をするためにガリラヤ湖にいました。弟子たちはガリラヤ湖の専門家でありキャリアも能力もありました。彼らはプロの漁師でした。しかし、イエス様に献身した時に、弟子たちは漁師の仕事をささげて神様に従いました。彼らはいったんささげた漁師の仕事に戻ってしまったのです。おそらく、お腹が空いていて生活の糧を得るために漁に戻ってしまったのでしょう。当然、弟子たちは釣れる時間に、釣れる場所に漁に行きました。しかし、1匹も釣れませんでした。弟子たちはとてもショックを受けたと思います。しかし、一匹も釣れなかったことに神様の愛を感じます。全く自分には力がないことを知ったからこそ、もう釣れない時間でも「舟の右側に網を下ろしなさい。そうすれば、とれます。」ということばに単純に従うことができました。このことばが語られた時、弟子たちはまだイエス様だとわかっていませんでしたが、ことばの権威を感じたことと、自分の無力さを感じていたから従うことができたのだと思います。イエス様のことばに従った時、153匹もの大量の魚が釣れました。

私たちの人生でも神様にいったんささげたところに戻ることがあります。その時、中途半端に上手くいくのは必ずしもよくありません。弟子たちは一匹も釣れなかったからよかったのです。中途半端に釣れたら彼らは漁師のままでいいと思ったかもしれません。すると、本来、彼らがキリストの弟子として生きるという大切な召しを失うことになります。

一般の社会では私たちの能力や経験で戦わなければいけませんが、神様の働きに関しては、私たちの能力やキャリアが中心ではありません。神様のことばに従うことが中心です。実は、弟子たちは漁という彼らの得意分野で自分の無力さを知り、神様のことばに従うことの大切さを体験しました。その後に、大宣教命令と重要な使命を受けました。
 大事なのは神様のことばに従うことです。実は、それは宣教のことだけではありません。私たちがこの終わりの時代、神様の祝福に溢れた幸せな人生を歩むためには私たちが神様のことばに従うことがカギです。神様のことばに従った時に能力も経験も最大限に活かされます。

主の十字架クリスチャンセンターの群れでは海外宣教、インターネット、賛美の働きが豊かに用いられていますが、これらは全て神様のことばに従った時にスタートし神が働かれたのです。
神様は私たちにわかるように語ってくださいます。吟味して神様のことばだと確認をとったら従ってください。

本人が祝福されるだけでなく、多くの人にそのことばの祝福がもたらされます。神様のことばに従う人生はダイナミックな人生です。黙示録をみる限り、もっと厳しいことが起こって来ます。私たちが神のことばに従い祝福されることは世の希望となります。ぜひ神様のことばに従って歩んでいただきいと思います。

(文責 久保田望)

主の十字架クリスチャンセンター 神のしも長教会

2012年1月1日 主日第2礼拝メッセージより