『教会の恵みと主が成される御業』

       説教箇所 ヨハネの福音書141214節・151~3節 メッセンジャー イザヤ木原真牧師

・神のわざを見るためのカギは信仰

 「まことに、まことに、あなたがたに告げます。」(12)イエス様はこう言って語り始められました。この「まことに」とは、今から重要な事を言うということです。言われたことは、イエス様を信じる者は、イエス様と同じようにわざを行い、さらに大きなわざを行うことが出来るということでした。当然、後にも先にも人々に救いを与えられたのは100%イエス・キリストだけです。そのイエス様は、人々を慰め、励まし、いやされ、数えきれないたくさんのしるしと不思議、奇蹟をなさいましたが、同じようにそのようなわざを私たちも行うことが出来るのです。また、イエス様は、場所においてもパレスチナでの働きしかなさいませんでしたので、直接的にイエス様とふれ合った人の数も、行った場所も多くはありません。しかし、今の私たちは、様々な場所に行って働きを行うことが出来ますし、インターネットを通じて容易に世界中で働きを行えます。そう言った意味で、イエス様が行われたこと以上に、多くの人々と場所にイエス様の愛を伝える事が出来るのです。

 それは、なぜでしょうか。それは、イエス様が父のもとに行かれたからです。父のもとに行かれるとは、イエス様が全人類の罪と呪いと裁きを引き受けて十字架にかかり、死んで、死に打ち勝ってよみがえられたということです。それはつまり、私たちがイエス様を信じる事が鍵であるという意味です。

 人の頑張りによって、わざが成されるのではありません。信じる信仰によって、私たちはイエス様が成されるわざを行うことが出来るのです。私たちがどんなに弱く、足りないものであっても、イエス様は働くことが出来るのです。私たちが何かをするのではないからです。カギは信じる事です。

 調子が悪い時、弱さを覚える時があります。そんな時にこそ、主を信じてください。主は働かれます。

・栄光を受けられるのは主

イエス様の名によって、私たちが求める時、主は答えてくださいます。興味深い事に、ここに「父が子によって栄光をお受けになるためです。」(13)とあります。私たちが祈って、祈りが聞かれる時に、栄光をお受けになるのは父なる神様です。私たちの祈りが聞かれる秘訣はここにあります。本当に神様はすごいと思わされるような証しがあると思います。その証しをする時、栄光を受けておられるのは主です。しかし、ある場合には証しを聞いても、その人がすごいなと思ってしまうことがあります。実はこれは神様に栄光が帰っていません。

今、祈っていることが聞かれた時、その証しを聞いた人やイエス様を知らない人が神をほめたたえ、神をあがめるようなことを祈っていただきたいと思います。

・実をつけるために与えられている教会の恵み

 実をつける人は、もっと多くの実をつけるために、主は刈り込みをなさいます。イスラエルなどの果物は日本のものほどは大きくありません。それは、日本の果物は大きな実を結ぶために剪定をするからです。その事によって多くの実を結ぶことが出来ます。私たちも同じように、神様は刈り込みをして、もっと多くの実を結ぶことが出来るようにしてくださるのです。

 「きよさ」ということが書かれています。きよさを考える時、多くの人は行動を中心に考えます。しかし、イエス様が話されることばを聞けば、私たちはきよいと言っているのです。これは重要なことです。なぜならば聞いていることが私たちの心と思いに影響を与えます。普段何を聞いているかが大事なのです。

聖書は心を守るように繰り返し語ります。サタンとの戦いとは霊の戦いと共に、心と思いにあります。しかし日本の普段の生活の中では神のことばを聞けません。どのようにして、神のことばを聞くのでしょうか。

それは1つは教会につながる事、そして聖書を読むことです。神のことばを聞き、ふれる時、私たちの行動も思いも、神のものとなっていきます。

神のことばを聞いてください。それが祝福のポイントだからです。            (文責 松本俊也)

主の十字架クリスチャンセンター 神のしもべ長崎教会
2012
325日 主日第2礼拝メッセージ