『神様に聞き従う』

                  聖書箇所 T列王記1522節 メッセンジャー イザヤ木原真牧師

 この御ことばは、私たちの教会の核の御ことばと言えることばです。

・神の命令と神の報い

 イスラエルの初代の王であるサウルに預言者であるサムエルが預言しました。「アマレクを打ってその全てを聖絶せよ。」今の時代では虐殺に聞こえると思いますが、当時では当然のことでもありました。

 ただし、その戦いの中でも神様はケニ人を助け出されました。それは、かつてケニ人がかつてイスラエル人にした小さな親切を忘れていなかったのです。

 人は忘れてしまいます。しかし、神様は忘れられません。私たちが神様に従ったことを覚えておられ、必ずそれに報いてくださるのです。その報いはすぐではないかもしれません。しかし、主は必ず覚えておられるのです。

 

・サウルの失敗

 サウルに神様はすべてのものを聖絶するように命じられましたが、サウルは惜しみました。男も女も子供も乳飲み子も殺したのにも関わらず、肥えた羊や牛、すべての良いものを惜しみ聖絶しなかったのです。

 彼はこの戦いの後に、自分の記念碑を建てました。この戦いに勝利を与えたのは、神様であるにも関わらず、彼は神様を礼拝するための会堂ではなく、自分のための記念碑を建てたのです。人は、自分のために生きると、神様の働きをまっとうすることが、できなくなってしまうのです。

 神様に従わなかったサウルを、サムエルは指摘しました。しかし、サウルは悔い改めることもせず、民のせいにしました。良いものを惜しんだのは民であって、自分は神様に従ったと言い張ったのです。サウルは王様です。彼にすべての決定権はあるのです。彼は神様に従わなかったのです。

 

・サウルとダビデ

 サウルの次に王となったダビデも姦淫と殺害という大きな罪を犯しました。結果、彼は神様に自分の子供のいのちを取られました。しかし、ダビデは神様がなされたことに一切文句をつけず、悔い改め、真剣に神様に立ち返ったのです。これがサウルとの大きな違いでした。

 サウルはこの後も悔い改めたように見せかけ、自分の立場を守ってくれるようにサムエルに頼み、一向に神様に悔い改めることはありませんでした。

 惜しむ時、私たちは神様に従えなくなります。時間、経済、能力などを惜しむゆえに、神様に従えないのです。従わない結果、その人は神様の祝福を十分に見ることができません。しかし、主に惜しむことなく従い、ささげた人は、失ったようで、多くの祝福を受けていくのです。

 

・聖霊により頼む

 私たちは誰であっても失敗します。自分の努力ではどうしようもないものです。しかし、私たちは失敗したならば、聖霊により頼み、悔い改め、神様に従うという信仰に立ち返るのです。その時にすべての失敗が益と変えられていくのを見ることでしょう。

 

 この年、神様は栄光を現わすと語っておられます。人の努力ではなく、神様に従って歩み、神様が与えてくださる豊かな祝福を受けていきましょう。

 (文責 山本 美津子)

主の十字架クリスチャンセンター 神のしもべ長教会

2013年2月17日 主日第2礼拝メッセージより