『神にとって不可能なことは一つもありません。』

                    説教箇所 ルカの福音書1章、     3543節 メッセンジャー イザヤ木原真牧師 

 

神にとって不可能なことは一つもありません。

私たち人間には不可能はたくさんあります。しかし、神さまにとって不可能なことは一つもありません。

 

マリヤのところに「ガブリエル」という天使がやってきて、

「おめでとう。恵まれた方。主があなたとともにおられます。」と言います。

ガブリエルという天使は、神さまのメッセージを伝える役目を持っています。皆さんがもし天使に会ったら、どうなると思うでしょうか。おそらく、恐れがくると思います。

天使はこれから生まれる子がどのような方であるか、名をイエスとつけるようになど、ものすごく具体的に語られます。

ところがマリヤは、ここでは男性をまだ知りません。当時のイスラエルでは、許婚(いいなずけ)は、結婚したのと同じように扱われますが、別々に暮らしています。ですから、子供ができるわけがありません。

ですからマリヤは、「どうしてそのようなことになりえましょう。私はまだ男の人を知りませんのに。」と答えます。

そこで、天使が「聖霊があなたの上に臨み、いと高き方」力があなたをおおいます。それゆえ、生まれる者は、聖なる者、神の子と呼ばれます。」と言われます。だから聖霊によってみごもり、生まれ、聖なる者、神の子と呼ばれると言われたのです。

天使ガブリエルを通して、神のことばを語られたマリヤは、神のことばを与えられます。

神のことばが不可能を突き破るのです。

 

語られると成就する

もちろん吟味は必要ですが、聖書からあることばが、心に飛び込んできたり響いたり、あるいは預言で語られて確認できたり、確かに神さまからことばが与えられたなら、どんなに無理と思えても、神から与えられたことばは必ずそうなるのです。

 

十字架と逆転

マリヤは言います。「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」

マリヤは神のことばを受け入れたとき、ヨセフや家族あるいは周りの人に誤解されることは、わかっていました。

それでも、神様の言われる通りにしようとし、十字架を引き受けました。

そのとき、奇跡は起こりました。十字架を引き受ける人を通して、奇跡は起こるのです。逆転が起きます。

 

十字架を喜んで引き受けてください。聖書には、奇跡が起こるとき、必ずそこに十字架があるのです。十字架を否定的に取る必要はありません。十字架の向こう側に、素晴らしい祝福が必ずあります。

 (文責 石田 雅則)

 

主の十字架クリスチャンセンター 神のしもべ長崎教会

2013年7月21日 主日第2礼拝メッセージより