『神にとって不可能なことは一つもありません』

              聖書箇所 ルカの福音書137節  メッセンジャー イザヤ木原真牧師

この箇所は、マリヤの受胎告知でとても有名な箇所です。
 処女マリヤは、聖霊によって身ごもりました。イエス様を信じる者にとって当たり前のことですが、普通に考えるとありえないことです。

 6ヶ月前に、天使ガブリエルは、ザカリヤに現れ、不妊の女と言われていたエリザベツが身ごもり、そして今再び天使ガブリエルはマリヤの元に現れ(ルカ1章;26節)、マリヤに、「おめでとう、恵まれた方。主があなたとともにおられます。」と、神の言葉を伝えます。

 しかし、マリヤはこの言葉に「ひどくとまどって」(29節)とあります。
天使に会うと、強い臨在と聖さ(きよさ)の為、人はまず恐れがきます。
 そんなマリヤに、ガブリエルは「こわがることはない。マリヤ。」と言い、説明します。(3036節)
 聖書の中には、イエス様が「平安あれ」「シャローム」「おそれるな」と言っている箇所がたくさんあります。私達はおそれたり、不安になったりします。

しかしこんな時、自分を責めたり、ダメだと思わないようにして下さい。これが、肉を着ている人間です。

 マリヤには、いいなずけのヨセフがいましたが、ユダヤ人の律法では、婚約すると法的に「妻とみなされ」ていました。しかし、結婚前に身ごもることはありえないことです。
 当然、マリヤはナザレの田舎町で、周りの人たちの目や口を恐れ、なによりも「ヨセフがどう思うか」不安だったことでしょう。もしかしたら、「ヨセフを失う」と思ったかもしれません。
 しかしマリヤは、「聖霊」により身ごもり、イエスの母となることを受け取り、「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのお言葉どおりにこの身になりますように。」(38節)と、人々から誤解されることを承知で、心から受け取ります。
 彼女は、低い心と、へりくだった心を持っていたのです。

 エリザベツはすでに6ヶ月で、後に「バプテスマのヨハネの母」となります。

しかし、ここで根本的に違うのは、エリザベツは夫ザカリヤとの交わりの中で子を宿しましたが、マリヤは処女のまま「聖霊」によって身ごもり、「(人としての)救い主イエス・キリストの母」となったのです。
 又、ヨセフも夢の中に現れた天使ガブリエル(を通して語られた神)の言葉を受け取り、聖霊によって身ごもったマリヤを迎え入れたのです。

「神にとって不可能なことは一つもありません。」(37節)
 この神様に、私達の問題を解決出来ないことなど、何一つありません。
 主は生きておられます。不可能を語ってこられます。しかし、これを聞き、従うと奇蹟がおこってきます。
 奇蹟を見る大事なポイントは、「あなたのお言葉どおりこの身になりますように。」と言って、低い心で受け取り、そのことばに従うことです。     

(文責 山本美津子)

主の十字架クリスチャンセンター 神のしもべ長崎教会

2014824日 主日第2礼拝メッセージ