『教会を土台として聞き従う』

       説教箇所 マタイの福音書 72427節   メッセンジャー 松本俊也牧師

 

賢い人と愚かな人

神のことばを聞いて行う人は、岩の上に家を建てた賢い人に比べることができ、聞いて行わない人は砂の上に家を建てた愚かな人に比べることができるとあります。

両者とも神のことばを聞いていますが、聞いた上で従う人と従わない人とで違いが挙げられています。

私たちの歩みの中で、聞き従うことは非常に大きなポイントです。

聞き従うことで備え、聞き従う土台があるからこそ祈り、感謝し、信仰の歩みを全うしていく必要があるのです。

聞き従うとは、神さまの声を聞いて、それに従うことですが、聞くことが始まりです。

 

みこころを捉える

聞き従いは重要ですが、私たちは必ずしもできているとは限りません。

先に、自信のことや自分のよいと思うことなどを考えやすい性質を持っているからです。

確かに神さまは、ひとりひとりの個性を用いてくださいますが、それ以上に神さまのみこころを聞いて従うことがもっとも大きなポイントです。

聞き従いにくいからこそ、聞き従えるように祈っておくことが必要です。

 

土台は教会

24-27節の対比は、非常にはっきりしています。

イエス・キリストという土台のもとに立てば、揺るぐことなく進むことができるのです。

また、イエス・キリストご自身は教会のかしらであり、みからだは教会です。

つまり、教会そのものが土台で、堅く立つことが、堅い土台に立つことです。

礼拝したり祈ったり聖書を読んだり、あるいは感謝したりの、日々の信仰生活の中で語られ、土台が築き上げられていきます。

 

必要な備え

私たちは終末の時代に生かされており、わざが顕著になっていきます。

土台を確かにしていきましょう。

携挙の備えは、御霊に満たされ、神さまのみこころの人生を送り、賜物を用いることが、聖書に挙げられています。

しかし、いつ起きてもおかしくない殉教に、目を覚まして祈って備えることも重要です。

 

無学なことが愚かといっているのではありませんが、神さまに従うかどうかで愚かな者・賢い者とはっきり区別されていて、賢い者になるようおっしゃっています。

ぜひ聞き従って、堅い土台の上に立てられ、終わりの時代を全うしていきましょう。

(文責 石田雅則)

主の十字架クリスチャンセンター 神のしもべ長崎教会
2016
717日 主日第2礼拝メッセージ