木原 純子
8人の子育て日記
8月11日(月)
  同じ3人の子育て日記でも、時を逆のぼると全く変わってしまう。
1988年、今から15年前、待望の第1子誕生。しかし、夜鳴きで昼夜逆転し、最初は死ぬかと思うほどのしんどさだった。親戚のお兄ちゃんが「純子、半年がんばれ。半年したら楽になる」と励ましてくれたのを思い出す。(今では誰が夜鳴きをしようと、私はぐっすり熟睡していて分からない。)

 1989年、第2子誕生。朝起きると、右腕に長女、左腕に長男が寝ていて、まさに十字架に釘付けられたような格好になっていた。「あぁ、今日も生きていくんだなぁ。これは現実なんだなぁ。」と思うほど辛かった。この頃の写真を見ると目の下にくまが出来ている。

 1991年、第3子誕生。この子の寝る場所はなかった。懸命にお母さんの横に割り込もうとするのだが、右側に行けばお姉ちゃんに、左側に行けばお兄ちゃんに蹴飛ばされてしまう。しばらくは私のおなかの上に乗せてあげる。でも、すぐに3人の重みに耐えられなくなってしまう。そうすると、行くあてもなく泣きながら、ころころと俵のように転がって、泣き疲れて眠るという結末。何年かたってこの当時の話をしたら、蹴飛ばした上の子が涙を流してくれた。

 授乳も3人いっぺんにすることになった。長女が母乳を元気に吸い出した頃、ふたり目の妊娠に気がついたので、すぐにミルクに切り替えた。そして大変な思いをして、断乳した。ところが長男が生まれて母乳を飲み出したら、また欲しくなってしまったのだ。結局、右と左で2人いっぺんに母乳を飲ませる。競争で飲むからか、ものすごい勢い。ゴクンゴクンと飲むので、体中の力が無くなってしまうみたい。

 そして、3人目。足元に来てすがるが、飲む場所はない。動物のようにもっとたくさんのお乳が必要だと苦笑する。とにかくもう手がなくて、足が出た。足の裏で「ぽん、ぽん」と背中をたたく。ここまでくると、大変なのは通り越して、思わず笑ってしまった。3人目は「本当に」足で育てていた。そこへお父さん、登場。こんな様子を見ていたお父さんが、しばしば抱っこしてくれたので、今でもお父さんとこの子の絆は強い。

 十分おなかがいっぱいになった、お姉ちゃんとお兄ちゃん。まだ2歳と1歳なのに今度は、お父さんとお母さんに早や代わり。生まれたばかりの赤ちゃんを危なっかしい手で抱っこしながら、ミルクを飲ませる。時折窒息しそうになりながら、こうして3番目は強くなった!

 3人目から4人目にかけてが峠だった。その後、ほんとうに子供たちが皆可愛くなった。死ぬほど辛い思いをしたら、心の中の埃かぶった本来の母親としての扉が開いたみたい。そして、今は随分楽になった。
3人の子育て日記(2)