木原 純子
11月29日(土)
 
初めての飛行機
 長女が1歳11ヶ月、長男が10ヶ月の頃だったと思う。実家に帰省しての帰り道、子ども達は初めて飛行機に乗った。2歳以下は飛行機代がかからないが、席がない。
 
 「着陸態勢に入ります。シートベルトをお閉めください。」快適な旅を続けて、いよいよ長崎空港というその時だった。スチュワーデスさんが見回りに来て、「すみませんが、着陸のときはお母さんのおひざに子どもは一人までと言う規定があります。どちらかをおろしてください。」と言われたのだ。
 
 すぐに、お姉ちゃんを隣の席に移した。とたん、「ぎゃぁ〜!」と泣き出した。大慌てで抱き上げて、今度は長男を隣の席に置いた。すると今度は長男が「ぎゃぁ〜!」と泣き出した。それで何度もとっかえひっかえ置き換えてみたが、その度ごとに耳をつんざくような大きな声で泣きじゃくる。年子と言うのはまだどちらも十分育ちきっていないのでこんな事になってしまう。狭い飛行機の中で、大勢のお客さんの中で必死だった。
 
 あめをあげてもダメ。何をしてもダメ。「2人いっぺんにおひざに抱っこしたら、いけませんか?」すがるように頼んでみても、「社の規定になっておりますから。」と決して許してはもらえなかった。結局、飛行機中に響き渡るような泣き声とともに、着陸態勢に入り、長崎空港の滑走路に入った。

 その時の隣の席に座っていた婦人の方の顔を見て、いたたまれない気持ちになった。これ以上に耐えられないことはないといった不快感と苦痛に、大きく顔を歪ませてこちらを見ておられた。初めての体験だった。自分の存在が、この世に生きていることが、完全に否定された瞬間だった。「やめてぇ、早く泣き止ませて!あんた達なんかここにいなきゃいいのに!」そんな風に言われているように感じた。

 一人っ子で生まれて、とりたてて他の人に迷惑をかけて生きてきたという自覚はなかった。誰にも迷惑をかけずに生きて行けると思っていた。でも、8人の子ども達が生まれて、神様にすがらざるを得ない状況になり、また多くの人たちの助けを受けなければ生きてゆけないようになった。時としてこうして、色んな人にご迷惑をかけてしまう結果にもなる。でもその度ごとに、心を低くして生きると言うことを教えられた。

 そして、何度も神様の助けとあわれみを体験することになった。