『神の言葉がひろまっていく』
聖書箇所:使徒の働き6章7節 メッセンジャー:イザヤ木原真牧師
使徒の働き6章7節、この御言葉は神のしもべ長崎教会にとっては、大切な御言葉です。この言葉は、大切なポイントで何度も
語られてきました。この、御言葉を聖書から見ていきたいと思います。まず、この御言葉は『こうして』と書かれています。
すなわち前の出来事、1節から6節をを受け、エルサレムで神の言葉がひろまったことがわかります。このエルサレムは、
特別な街、主に愛された街であります。しかし、歴史を見るときにこの街は、かたくなな街であります。主に従う時には、
あふれるばかりの祝福を受けた街でもありますが、何度も他民族に征服された街でもあります。そのかたくなな街エルサレムで、
弟子の数が非常に増えました。これは、大いなる神の業がエルサレムで起こったことを意味します。このエルサレムで
ユダヤ教の祭司たちが信仰にはいるほどの聖霊の働きが、リバイバイルの働きがおこったのです。
〜問題をとおして〜
1節〜 この聖霊の働きは、徐々に、順調に進んだわけではありませんでした。初代教会に弟子たちが増えるにつれて、問題が
起こります。ここでは、群衆ではなく弟子たちが増えたと書いてあります。弟子とは、信じただけではなく神様に人生を捧げ
神様に従たいと願う人たちです。聖書は、正直にその弟子たちが増え、食物のことで問題が起きたことを記しているのです。
どんなにイエス様を愛する弟子といえども、弱い人間なのです。しかし、この問題が起きた結果、より教会は強くなり、
一人一人の使命が明確になり、教会に生きた神の組織ができ、6章7節の御言葉につながり、ますます成長をするのです。
これは、教会の歩みと共に、個人の歩みにも言えることです。教会も個人も、主に従う中で許される問題をとおして、
成長をし続けるのです。問題や困難は、もっと神様のことを知り、愛を知る鍵となるのです。
〜神の与える使命〜
2節〜使徒たちの使命は、祈りと御言葉でした。もちろん神の言葉がなによりも重要ですが、食卓の奉仕より、
祈りと御言葉の奉仕が偉いというのではなく、彼らの使命ではなかったのです。食卓の奉仕についた7人は、知恵と御霊に
満たされた人たちでした。どちらが良いというのではなく、それぞれに与えられた使命があるのです。この問題の結果、一人一人が
神の与える使命に就くことができ、神が用意した秩序が成り立ったのです。これは、教会が成長していくためのポイントなのです。
教会において、個人においても、それぞれに与えられる神が用意している働きと使命があるのです。最初の殉教者となった、
ステパノは、食卓の働きに就きながらしるしと不思議を行っていたと書いてあります。彼がなぜ、しるしと不思議の神の業を
担ったのか、それは、彼が神の使命に立ったからです。
〜神の生きた組織〜
5節〜使徒たちは、7人を選び出し任命します。教会に神の生きた組織ができ、働きが進んだのです。
問題をとおして、神の使命に人々がたち、神の組織が建て上げられました時、神の言葉がひろまっていきました。
神の言葉は人をつくり変え、神の言葉は、人を救います。そして、その神の言葉が活き活きと働くのは、教会をとおしてなのです。
それは、神の生きた組織、神の秩序が立った時に働きが進んだのです。
かたくなな街エルサレムで、神の言葉がひろまっていき当時の、宗教的、政治的エリートであるユダヤ教の祭司たちが、
全てを捨てて信仰に入りました。この働きは、神の言葉と共に教会をとおして進んで行ったのです。
(文責 モーセ出西
光)
主の十字架クリスチャンセンター 神のしもべ長崎教会
2008年5月25日 主日第二礼拝メッセージより