『信仰を用いた時の圧倒的勝利』
聖書箇所: ヨハネの福音書11章38〜44節 メッセンジャー:イザヤ木原真牧師
主の十字架クリスチャンセンターは、神様に示されて群れの新年を11月と定めています。今年の年頭に群れに与えられた御言葉は第Tヨハネの手紙5章4節です。「なぜなら、神によって生まれた者はみな、世に勝つからです。私たちの信仰、これこそ、世に打ち勝った勝利です。」 全ての人は神様によって創造されたのですが、この御言葉でいう「神によって生まれた者」とは、「イエス様の十字架のあがないを信じ救われたクリスチャン」を意味します。神様は、第Tヨハネの手紙5章4節の御言葉を通して、クリスチャンに世に打ち勝つ圧倒的な勝利を約束してくださっているのです。もちろん、この御言葉の約束は天に帰るまで続きますが、神様は、この御言葉を今年、群れに与えてくださったので、この年神様が主の十字架クリスチャンセンターの教会に属するお一人お一人に用意してくださっている圧倒的勝利があります。その勝利をまだ体験していない方は神様に期待していただきたいと思います。
神様の勝利を見るカギは信仰を用いることです。一番簡単な信仰の用い方は教会に行くことです。教会にはイエス様が満ち溢れています。イエス様は私たち以上に私たちの問題をご存知で、そこに触れてくださり解決を与えてくださるお方です。教会に行くこと以外にも、祈り求める、感謝する、悔い改める、聞き従うなどが信仰の用い方です。それでは、感謝と聞き従いに的を絞ってラザロの復活のところから信仰を用いることについて学んでいきたいと思います。
ラザロが死んで四日経ってからイエス様は来られました。イエス様はラザロのお墓の前に来られ、「石を取りのけなさい。」と言われました。ラザロの姉妹であるマルタは「主よ。もう臭くなっておりましょう。四日になりますから。」と言いました。このマルタの言葉から、ラザロが死んで四日も経っているから今さら石を取りのけても無理だと思っていることがわかります。しかし、イエス様は「もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る」と言われました。
@神様が語られる御言葉を聞き信じ従う
普通、死んで四日経っていたら復活はありえません。私たちの人生にも、もうだめだと思うような問題(経済、人間関係、病など)が許されることがあります。その問題に対してイエス様が解決してくださると信じるなら神様の栄光を見ます。カギは信じることです。信じるとは具体的に言いますと、神様が言われた御言葉に従うことです。ラザロの復活の時は、イエス様が言われた通り、石を取りのけることが信じることでした。ラザロは死んで四日経っているので石を取りのけることは無駄に思えますし、愛する家族の腐敗した姿なんて見たくありませんが、イエス様が言われたので、マルタたちは御言葉に従い石を取りのけました。そして、神様の栄光が現されました。
神様は私たちの人生にも無意味だと思えること、理解できないことを語られることがあります。それでも、信じ従う時、神様の素晴らしいご計画が現されてきます。なぜなら、神様の御思いは私たちの思いよりもはるかに高いからです。
A先取りの感謝をする
人々が石を取りのけた後、イエス様は「父よ。私の願いを聞いてくださったことを感謝いたします。」と父なる神様に感謝をささげました。イエス様はラザロが復活していない時に、まだ奇跡が起こっていない時に、父なる神様がラザロを復活させてくださると信じて先取りの感謝をしました。その後、「ラザロよ。出て来なさい。」と言われ、ラザロは復活しました。
クリスチャンの醍醐味はまだ何も起こっていない時に、問題を信仰の目で見て感謝することです。問題の後ろには神様の素晴らしいご計画があるので、感謝していく時、それが現されてきます。ラザロの復活のような圧倒的逆転の勝利と奇跡が起こります。
この10月、神様が用意してくださっている勝利があります。神様が与えてくださった約束の御言葉を信じ、感謝して信仰を用いていきましょう。神様が世に対して圧倒的勝利を与えてくださいます。
(文責 久保田望)
主の十字架クリスチャンセンター 神のしもべ長崎教会
2009年10月4日 主日第二礼拝メッセージより