『下から来る十字架の愛〜しゅろの日曜日』
説教箇所 ルカの福音書 19章28〜40節 メッセンジャー イザヤ木原真牧師
今週は受難週です。イエス・キリストが地上に来られて、33年半の地上の生涯を送られたイエス・キリストの最後の一週間であり、その生涯で最も重要で、イエス様の使命であった十字架にかかり、3日目によみがえられた週です。そして、この受難週の始まる最初の日曜日、つまりイエス・キリストがエルサレムに入城されたこの日は、しゅろの日曜日(パームサンデー)と呼ばれています。
・子ロバに乗ってこられたイエス様
この最も大切な一週間が始まるという時、イエス様は、神様が特別に愛し選ばれた、神の都エルサレムに、王の王として入城されました。イエス様は誰よりも高く、誰よりも偉く、唯一あがめられるべき真の神でありました。しかし、その時、イエス様はロバに乗って来られました。それも誰も乗ったことのない子ロバに乗って来られたのです。おそらくその姿は、自分の身の高さよりも、低かったでしょう。イエス様は、最も高い方であるにも関わらず、誰よりも身を低くして来られたのです。
イエス・キリストの生涯は、決して上へ上へという歩みではありません。むしろ下へ下へ、誰よりも低くなっていかれたのです。神であられる方が人となりました。時間や場所の制限などない神様が、私たちと同じ肉を着て、制約のある人間になり、この世に来られたのです。それも、ただ私達の罪のために十字架にかけられるためにです。一度も罪を犯されなかったのに、罪も罰も呪いもすべての病をも背負われ、すべての災いを引き受けて十字架にかかって死んでくださいました。そして、よみにまで下られたのです。
私達の人生の中では、失敗したり、弱さを覚えたり、落ち込んでしまう事が起こります。とりかえしのつかないこともあるでしょう。しかし、私たちは忘れてはいけません。イエス様は、そのすべてのものの、もっと下まで下ってくださった事を忘れてはいけないのです。なぜならそれは、どんなに私達が弱さを覚え、痛んだとしても、そのもっと下にイエス様の手があり、下から私達を支え、下から私達を引き上げてくださるからです。これが十字架の愛です。
・忠実なロバの子
ロバにつく形容詞は「愚鈍」です。しかし、愚鈍ではあっても、ロバには特徴があります。ロバは忠実なのです。なぜ、イエス様はロバを選ばれたのでしょう。神様が選ばれるのは、能力が有る者でもなく、偉い者でもありません。忠実な者なのです。忠実な者を、神様は喜んで用いてくださいます。そして、その忠実な者を通して、神様は働かれるのです。
・選ばれたロバ
イエス様は、この子ロバを適当に連れてきたのではありません。「あの場所にいる、あのロバを連れてきなさい。」と名指しで選ばれたのです。
私達も、イエス様は適当に選ばれているのではありません。「あなたが必要だ」とイエス様は、私たちをも選んでくださったのです。あなたが今いる、学校や職場、家庭。そこにも神様が選ばれて、あなたはいるのです。
この子ロバは、ロバの生涯ではありえない事を体験しました。私達も、イエス様に名を呼ばれました。イエス様のもとに行き、イエス様と共に歩むとき、私たちの人生に、素晴らしい神様の祝福が始まります。
(文責 千多冨二男)
主の十字架クリスチャンセンター 神のしもべ長崎教会
2011年4月17日 主日第2礼拝メッセージより