聖書箇所 ルカの福音書19章29-40節 メッセンジャー イザヤ木原真牧師
ここは、イエス様が十字架にかかる週に、エルサレムに入場されたところです。
そのとき、イエス様はろばの子を選ばれ、入場されました。
30節を見ますと、イエス様が弟子たちに「向こうの村に行きなさい。」と言われます。
ただ、ここでイエス様は「どのろばの子でもよい。」と言われたのではなく、名指しで「その場所にいる、あのろばの子を連れてきなさい。」と言われているのです。
この終わりの時代、神さまは他の誰でもなくあなたを名をもって呼ばれ、招いておられます。
そして、あなたに任せたい使命や働きがあるのです。
あなたが学校や職場などで、「確かに、神さまが私を選ばれ、名をもって呼ばれ、ここに導いて、置いておられる。」と捉えられるか否かでは、はっきり違います。
礼拝でも、その意識で来られると、神さまからの語りかけや祝福、恵みを豊かに受けます。
今後遣わされていく方もいらっしゃるでしょうが、少なくとも今はここに置かれています。
31節でイエス様が、「こう言いなさい。『主がお入り用なのです。』」と言われています。
神さまが、聖霊さまが、私たちを必要としておられます。
「私なんかいなくてもいいんじゃないか。」ということはなく、神さまが必要としておられます。
聖書でも、あなたを必要としていることが、はっきり記されています。
また、あなたを必要としておられる働きが、必ずあります。
それが真理です。真理が分かると自由になります。
神さまはあなたを名をもって呼ばれ、使命に導いておられますが、それは苦痛になりません。
ろばは忠実ですが、普通、畑を耕したり荷物を運ぶのに使われるため、鞍は着けてもらえませんし、ましてや上着など敷いてもらえません。
しかし、36節ではイエス様のために上着が敷かれ、38節ではイエス様に向かって賛美されていて、子ろばはその中を歩くことができたのです。
38節は、他の箇所では「ホザナ、ホザナ。」と言われています。
働かれるのは神さまですが、自分を通してわざが起こされると嬉しいものです。
神さまが呼ばれたときに応答し、素直に受け取って、神さまの使命に生きると、決して普通では体験できない祝福を受けます。
教会でも職場でも学校でも、神さまに従って置かれた場所には、あなたを必要としておられる働きがあり、それに応答すると、神が祝福し、栄光を現され、最高の人生を歩みます。
子ろばにとってありえない、たくさんの賛美や祝福に預かることができたのもそうです。
私たち人間は確かにふさわしくありませんが、神さまが選んでくださっていますし、何より神さまが願っておられます。
戦いはどこでもありますが、神とともに歩む人生は、必ず勝利し、どんな戦いであっても神の恵みと力を受けます。
(文責 石田雅則)
主の十字架クリスチャンセンター 神のしもべ長崎教会
2016年 2月21日 主日第2礼拝メッセージ