2026年9月6日 日曜礼拝 説教
『もう一人で戦わなくていい。神が共にいる!』 歴代誌 第二 20章14節~17節
by イザヤ木原真 牧師
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モアブ人とアンモン人の大軍に攻められたヨシャパテ王は、全国民とともに主の前に出て、
「私たちに立ち向かってきたこのおびただしい大軍に当たる力は、私たちにはありません」12節
力がありません。私たちはどうすればよいか分かりません。ただ、私たちの目をあなたに注ぐのみですと祈った。 - 私たちは祈りながらも、何とかしようと必死に考えて動きまわってしまう。しかし本当にもうだめだと思ったとき、神の前に出て、真剣に神に求める。
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そのような時に 、本日の箇所では、
主の霊がレビ人ヤハジエルに臨み、「このおびただしい大軍のゆえに恐れてはならない。気落ちしてはならない。この戦いはあなたがたの戦いではなく、神の戦いであるから」15節
と告げられた。 -
この預言は大預言者が語ったのではない。特別な器が遣わされたのでなく、神の前に彼らと一緒に出てきた、彼らの中のレビ人の一人をとおして神は語られた。
その神のことばにヨシャパテ王と民が従った時圧倒的な勝利を見た。 -
私たちには欠けや弱さがある。しかし、こうして神の前に出てきている、その私たち一人一人を用いて、神がなさるわざがある。
神はあなたを通して、私を通して語ってくださり、働いてくださる。 -
この時は、
「あなたがたはこのおびただしい大軍のゆえに恐れてはならない。」
「この戦いはあなたがたの戦いではなく、神の戦いであるから。」15節
つまり、このおびただしい敵が来ても、絶対絶命と思っても、気落ちしたり恐れるな。神の戦いだから。あなたがたの戦いではない。神の戦いだから恐れなくて良いと語られた。 - 私たちにも、病気、人間関係のこじれ、経済、仕事、学業、いろいろ問題が許される。罪があったら悔い改める。神の許しなしに何も起こらないから、神の許しのもとで起こっているそのことに対して、私たちが神にすがるなら、神ご自身が戦ってくださる。
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自分でなんとかしようとする事から解放されよう。日本人は努力が好きだが、神により頼むことにおいて努力しよう。
神が戦えば勝利しかない。 -
この箇所では、1 本の槍も弾も使っていない。全滅するはずなのに一人も死傷者は出ていない。賛美隊が前に行ったら撃たれてしまい賛美どころではないはずなのに、賛美隊が賛美を歌ううちに伏兵が出てきて、同士討ちが始まり、敵の方が全滅していた。
神が戦ったからで、彼らに戦略があったのでも、彼らに方法があったのでもない。賛美がすごかったということでもなく、
神の戦いだったから勝利した。 - あなたの人生における戦いも神の戦いだ。真面目な真剣なクリスチャンが、神ではなく自分で戦っている方が多い。そしてその自分の努力の上に、「なんとか神様、この上に油注いでください」と言うが、そうではない。神に戦っていただいて、私たちはその神が言われることに従えば良い。聞き従うとはそういうこと。
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キリストを前に立て、私はその指示に従って、言われることだけをやる。
行けと言われたら行けば良い。
神が戦う。戦ってくださるのは神。 -
目の前にある借金!
戦ってくださるのは神。
あなたの罪の結果であるなら悔い改めて、そして神にすがろう。
こじれ切った人間関係!
なんとかしようとしてもならない。やればやるほどこじれる。
神により頼もう。自分が失敗したことは悔い改めて、謝るべきことは謝ろう。しかし神により頼むのだ。
そのとき神が戦ってくださる。
あなたの子どもも、神に戦っていただくなら取り戻す。
あなたが戦うから、ますます反発する。あなたが何とかしようとするから、ますます離れてしまう。
神に戦ってもらおう。ヨシャパテ王のように言おう。
「私には力がありません。どうしていいかも分からないのです」と。 -
どんな問題があっても、神には不可能はない。神に戦っていただければ勝利を見る。
一緒に神にすがりませんか。
神が戦ってくださる。 -
主はさらに、「あす、彼のところに攻め下れ。」
「見よ、彼らはツィツの上り道から上ってくる。」
「あなたがたはエルエルの荒野の前の谷のはずれで、彼らに会う。」16節
と、
神は曖昧にではなく、具体的に語られた。
具体的に命じられた。非常に具体的に指示してくださる。そのとおりに従うとき大勝利を得る。彼らはその言葉のとおりに翌日出て行って大勝利を得た。 -
また、「あなたがたが戦うのではない。しっかり立って動かずにいよ。あなたがたと共にいる主の救いを見よ」17節
と励まされた。
「しっかり立って動かずにいよ」とは、何もするなという意味ではなく、主が語られた言葉を堅く信じて従うという事。
彼らは主が語られた言葉のとおりに従って圧倒的な勝利を得た。 -
神の言葉にしっかり立って動かない!
神が行けと言ったら行くのだ。明日行けというその言葉にしっかり立つということは、明日行くという事。さらに、
「あなたがたとともにいる主の救いを見よ。」17節
主がともにいる。あなたのうちにいるあなたの主は、十字架で死に勝った方。命をかけてあなたを愛してくださった方。
この愛に勝るものはない。しかも復活された方は、この地上の問題で解決できないことは何もない。その主がともにいる。
主が救われる。 -
このまま行ったらもう滅び一直線!
そう見えても、その愛する人のために、あなた以上に命をかけて愛してくださり、死の力に勝利し復活された主があなたと共にいる。この主に戦っていただくと、その主の救いを見るのだ。 -
その主が戦ってくだされば、必ず勝利する。
あなたが一生懸命なんとかしようとするから神が働けない。
神の前に立たないで。
神の後ろに隠れて。本当に神に戦っていただき、その神がおっしゃることには応答しよう。 -
ヨシャパテ王たちは地にひれ伏した。
「ユダのすべての人々とエルサレムの住民も、主の前にひれ伏して主を礼拝し、ケハテ族、コラ族のレビたちは立ち上がり、大声を張り上げてエルサレムの神を賛美した。」18節
恐れてはならない。気落ちしてはならない。あす出陣せよ。主はあなたがたとともにいると言われた瞬間、彼らは、地にひれ伏し礼拝して、大声を上げて主を賛美した。
その神の言葉を聞いた瞬間、彼らは、まだ目の前に敵は迫っており、絶対絶命!
しかし彼らはひれ伏して礼拝し、大声を上げて神を賛美した。神の言葉を信じたからだ。 -
あなたの人生に許されている様々な問題があるかもしれない。
喜ぼう。
神が戦ってくださるから。
私たちには勝てない。
しかし神には勝利しかない。 問題から目を離して主を見上げ、「私には何もできません」とヨシャパテ王のように言おう。
すると神が語ってくださる。
わたしが戦う。恐れるな。気落ちするな。
喜びなさいと。
なぜ?
神が戦うから。 -
私たちがそこに立つときに、主の勝利を見る。
本当に神に戦っていただくと、神が方法を持っておられ、指示をくださる。
神に解決できない問題はない。圧倒的な大勝利を神が与えられる。私たちも、人生の問題を自分の力だけで解決しようとせず、罪があるなら悔い改め、必要な謝罪をしつつ、主により頼むことが大切。十字架にかかり、復活されたキリストがともにおられる。
主の言葉に立ち、主の指示に従い、「主よ、あなたが戦ってください」と委ねるとき、私たちは主の救いを見る。 - 文責 JOY木村